2011年6月14日火曜日
2011年6月13日月曜日
滑らない箸?
先月14,15日と伊勢原市公園緑化祭りが行われたが、私も箸と箒を出店した。今年で2回目である。こうして出店していると、お客さんから教えられる。
家のおばあさんがだんだん箸の使い方が下手になりものをこぼすようになった、少し軽いものが良くなったなど。
そんなことで以下のようなランダム削りの箸を作ってみた。
わたしの試しでの使用結果は、うどんを食するに非常に食べやすい。滑らなくてよい!割り箸で良いよと云う人には勿体ない〜〜〜
※箒情報
家のおばあさんがだんだん箸の使い方が下手になりものをこぼすようになった、少し軽いものが良くなったなど。
そんなことで以下のようなランダム削りの箸を作ってみた。
わたしの試しでの使用結果は、うどんを食するに非常に食べやすい。滑らなくてよい!割り箸で良いよと云う人には勿体ない〜〜〜
※箒情報
- コウヤボウキの箒はお寺など砂利庭に舞い散った枯れ葉を掃くのに非常に有用であると教えられた。
- ホウキグサの箒は
2011年6月12日日曜日
2011年6月11日土曜日
木の堅さは何で決まる?
木の堅さは何で決まる?
木は時間が経過すると堅くなってくることは経験することである。専門ではないので想像でしかないが青く若い木でも乾燥すると堅くなってくる。アオキ、バラなどの枝はしなり柔らかいが乾燥すると非常に堅くなる。箸に使うに十分である。
堅さはどこまで進行するのであろうか?
木の重さの計量データを取っていると、時間が経過するとほぼ一定の値になってくる。そこまでは理解できるがそれでもデータを取り続けると一日の変化が現れてくる。雨が近づくと次第に重たくなってくる。空気中の水分を吸収しているのである。いま実験しているデータ(3年近くほぼ毎日2回データを取っている)は重量だけであるが、木の膨張収縮データを取れば、重量変化と同時にサイズの変化も出ているであろうと考えられる。その現象が木を締め開放ということを繰り返し、結果として木は堅くなっているのであろうと考えられる。木造の建物は息をしているんだと想像した。
さらにこの現象は木質にどのような変化が起こっているのであろうか興味あることである。
ゲージを購入し、データを取る。
ゲージの精度はどれくらいまで必要か。
近所のホームセンターには
・マイクロゲージは0.01mmまで計測でき+/-0.01mm精度であるという。計測巾は25mm。
・ノギスは0.01mmまで計測でき、+/-0.03mmの精度である。計測巾は、150〜250mm。
ネットで調べると、いろいろある。値段との相談である。
さらに、曲げ強度のようなデータが取れればもっと詳しい研究となろう。
2011年6月8日水曜日
2011年6月7日火曜日
無患子の箸−2−
無串子の箸
昨日アップした無患子の材質について、その箸はまだ完成段階ではないが、ちょっと水に浸したところ表面が小さな凹凸になった。この現象は杉の木にも発生した。研磨は、乾式サンドペーパーで、600#ある。
・凹凸は、飛び出したのか凹んだのか
なぜ、こうなるのか?
昨日アップした無患子の材質について、その箸はまだ完成段階ではないが、ちょっと水に浸したところ表面が小さな凹凸になった。この現象は杉の木にも発生した。研磨は、乾式サンドペーパーで、600#ある。
・凹凸は、飛び出したのか凹んだのか
なぜ、こうなるのか?
- 湿式での研磨が基本なのか
- 木材の性質か
- 凹凸を消しながら何度か研磨していけば無くなるのか
- 研磨を続ければきっと奇麗になるであろうと考えられる。
2011年6月6日月曜日
箸の材質
無患子
奈良に家族旅行に行き奈良在住の弟になら公園内を案内してもらった。以前メールで奈良春日大社通りの無患子のことは受けていたが今回実際に見せてもらった。大きな木の間から孟宗竹が顔を出している珍しい現象である。
それを眺めながら種を捜したが見つからなかった。しかし、3〜4cm位の直径、長さ1m位のほぼ真っ直ぐな枯れ木が落ちていた。箸になるかも知れないとぶら下げてきた。新幹線の中を持ち歩くにはちょっと長すぎる。「・・・・」考えていたら、二月堂に行ったとき庭師さんらしい方が鋸を下げて居られたので、声を掛けて貸してもらい半分に切った。ナップサックに入る長さとなった。2011.5.3。
早々に割って早急に乾燥させ6月3日箸にした。
芯はアオキとよく似た柔らかい芯があった。
落木であり、木の内部には黒い染みが入っていたが、何とか箸ができた。
それを眺めながら種を捜したが見つからなかった。しかし、3〜4cm位の直径、長さ1m位のほぼ真っ直ぐな枯れ木が落ちていた。箸になるかも知れないとぶら下げてきた。新幹線の中を持ち歩くにはちょっと長すぎる。「・・・・」考えていたら、二月堂に行ったとき庭師さんらしい方が鋸を下げて居られたので、声を掛けて貸してもらい半分に切った。ナップサックに入る長さとなった。2011.5.3。
早々に割って早急に乾燥させ6月3日箸にした。
芯はアオキとよく似た柔らかい芯があった。
落木であり、木の内部には黒い染みが入っていたが、何とか箸ができた。
- 白黄色の木肌である。
- 杢は綺麗で、欅にそっくりである。
- 削ると結構堅く、重たい。
===>
珍しい材で、良い箸である。木で5膳ができた。
2011年5月21日土曜日
東北大震災を受けた仙台湾の鳴り砂健在!
亘理海岸=”鳥の海”海岸の鳴り砂健在!
若林区の友人から朗報が入った。
「前略〜19日(木)の調査では、「鳥の海」から南方の山元町境までの全長4.5kmの砂浜を歩き、鳴り音を確かめました。従来通り「鳥の海」から南方3.5kmの範囲内の鳴り砂は、全く健在でした。特に、「鳥の海」から2.5kmまでは、すばらしい鳴り音を聞かせてくれました。長大な砂浜は、大津波の影響もあり、3ヵ所程分断されていました。大津波で砂浜の表層部が剥ぎ取られ、内陸部の田畑まで運ばれたと言う話もあります。しかし、分断されている箇所をみると、砂浜の中央部分のみが水没しており、大津波の後に海底から運ばれた砂が堆積しているものと考えられます。防潮堤は、8割は消失していました。残り2割も辛うじて原型の姿を見せている程度です。津波の破壊力のすさまじさを感じます。とりあえず、鳴り砂は残っていました。大災害に負けない心意気を示しているようです。私どもも、前向きに行動しなければと思っております。とにかくよかったです!!」
2011年5月12日木曜日
2011年5月11日水曜日
2011年3月26日土曜日
廃油コンロの研究開発-005
軽石台座の炎
〜何度も点火しても同じ炎を得る!?〜
ランプ要因の一つである、芯の固定方法で、軽石を考えていた。
ホームセンターで軽石が手に入ったので早々に加工して燃焼実験をしてみた。
- 石はポーラスですぐに壊れるようで、加工が非常にやりやすい。
- 孔は、綿芯がゆったり入るような大きさの孔サイズとした。これにより芯はピンセットで簡単に伸ばすことが出来る。
燃焼実験
- 巧く燃える。時間が経っても炎は安定している。
- 3回ほど再燃焼をした段階では、すぐに着火する。
- 軽石だけでは着火してくれなかった。もう少し実験の余地有り。
- 軽石の加工具合では軽石部分全体が燃えてきた。芯が出ている周りの直径が影響しているようである。場合によっては軽石だけで燃えるかも知れない。
- 芯のすぐ周辺は綺麗な軽い紙面であるが、少し離れたところには油煤が付いている。
- 芯材は、化繊はやはり駄目だった。綿と思ってセットしたら見る見るうちに熔けて火は消えた。
中間検討
- 軽石で巧く可能性が出てきた。
- 軽石が油を吸い上げ芯に染みこんでいるのだろう。
- 軽石の種類によってどのような燃焼を行うのか、そして芯の劣化は?
- 軽石の高さと直径の関係の研究
![]() |
| 軽石を台座とした芯の固定方法 |
十八鳴浜の被害状況
十八鳴浜の被害情報
おはようございます。
気仙沼の状況が入りましたのでお知らせします。
(以下転送)
十八鳴浜ですが,大島が津波で2つに分かれ,海水浴場の松林も無くなりまし
た。18日,大島へは小船で渡り,十八鳴浜へは浦の浜から徒歩でいきました。
状況は写真のとおりの状況で,津波は背後地の痕跡から5m以上はあがったと
思われます。内湾の火災で燃えた筏や残材,家屋の一部,船など多量の漂着物
が浜に打ち上げられており,海面には油膜も確認されました。高潮でしばらく
はこのような状況が繰り返されると思います。
九九鳴き浜は,19日,舞根という漁港までは山道を車でどうにかいけましたが,
途中から徒歩で浜にたどり着けました。唐桑半島のほとんどの浜集落は壊滅状
態です。九九鳴き浜の状況も十八鳴浜と同じような状況でした。
幸いどちらの鳴砂も元気に?鳴いていますので,一安心しました。
まだ,今後の対応については決まっておりませんが,大量の漂着物の除去処分
方法,沖合いの焼けた船舶から重油が流出しないかなどいろいろ心配事はあり
ますが…。
と言う状況のようです。
| 十八鳴浜 私の写真は、この写真の奥の方からの撮影です。 また、降りてきたのもその奥からです。 |
| 九九鳴き浜 |
2011年3月24日木曜日
廃油コンロの研究開発-004
ランプの考察
〜再点火際に新芯を〜
現在の実験で、ふと、初期の場合の燃焼は炎が一定の高さで綺麗な炎をしていることに気づいた。そうならば点火のたびに芯を掃除したらどうだろうかと、固くなった先端を少し壊し芯を少し出して点火した。新しい芯ほどではないが巧く燃焼し始めた。
ランプはどうしても綿芯は焼けてしまう。
アルコールランプやローソクなどそしてまた石油ストーブもその内に焼けその内に交換する。ロウソクは自然に新しい芯が出てきていて安定した燃焼をしていると見ることができる。
結果
芯を簡単に出せる構造を考えることが、安定した炎を確保することになると考えられる。
改良
まずは芯筒に入れる芯を緩くして爪楊枝でも引き出せるようにする。
2011年3月23日水曜日
廃油コンロの研究開発-003
ランプ芯の考察
〜中間報告〜
現在、同じ芯で4バッチほどサラダオイルの廃油を燃焼させた。
結果
・麻と木綿の芯である
・1回あたり100ml程である。
- 初期は巧く燃焼した
- 皿にオイルが残っていても消した後、芯先材は炭化している
- 芯材に関係なく回数が増すに従って着火が困難になる
- 芯材に関係なく回数が増すに従って燃えが悪くなる
考察
- 芯材は、この状態では使えない。芯材の芯筒内での充填密度を緩くしても駄目だろうか。
- 芯先が炭化するのはオイルが燃えるのに加え芯材も燃えている。オイルの燃焼温度でも炭化しない芯材が必要である。
- 回数が増えると芯材は炭化したため灰となり短くなり、炎が小さくなったと思われる。
- 炭化した芯は、オイルの浸透が悪くなり燃焼が悪くなると考えられる。炭化しても内部空間が大きくたくさん存在すれば燃焼すると考えられるが?
- 廃油オイルは不純物が含まれ燃焼して芯に炭化物として残留するのであろうか。それが芯を詰まらせてしまうのではないか。しかし今回使用した廃油は長い時間置かれているもので、異物は沈殿しているように見える。アルコールランプなども芯は焦げ次第に短くなるため少しずつ芯だしをして使っている。
今後の研究〜芯材、オイルについて
- 芯材:グラスウール、石油ストーブの芯、石綿、軽石、、、。
- 芯の充填率の違い。
- 廃油を使うことが前提であるが、新しいサラダオイルでも実験してみる。
- 廃油の濾過が必要か。
2011.3.23
2011年3月22日火曜日
2011年3月21日月曜日
廃油コンロの研究開発-001
俄行灯から廃油コンロの研究開発
![]() |
| 順調に燃える廃油コンロの実験器 |
東北関東大震災は計画停電で近隣の地域が影ながら協力。一時の停電くらいは不自由はない。昔はよく長時間の停電をしたものである。
先日は俄の行灯を作ったが、さらに今日は廃油コンロの研究に入った?
〜研究テーマ:廃油コンロの研究・開発〜
とでも名付けた。
早々にまずは作ってみた。行灯に使ったオイル芯をそのままコンロの五徳の枠内にセットしてみた。
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| 缶詰の管内に沈む炎 |
1)アルコールランプ式に芯をブリキで筒を作って囲いセットした。第一号は斜めにセットした状態であったが、これも次第に芯が焼け炎が小さくなってきた。
その一本で3,4時間は燃え続けた。そして湯温は42℃になった。
二本で46℃に上昇
2)もう一本作った。それは垂直に立てるようにした。よく燃え上がった。
立てると何故よく燃える?
あまり炎が大きく、煤が出てヤカンの底には鍾乳洞のようなつらら状の煤が付いた。
3)芯を切った。炎も適当な高さになり、煤もでなくなった。
適当な高さとは、炎の先端がヤカンの底に丁度到達するくらいとした。
4)三本作ってセットした。その際、芯を包んでいる筒の内部に細い管を設けた。そこから空気が炎の中に流れ込み燃焼を助ける(煤が出難いであろう)であろうという考察からである。
三本で湯温は、50℃ほどに上昇した。水温は12℃である。
ここでガスコンロでお茶のお湯を沸かした。すぐに沸騰した!それだけの省エネになったであろうか?僅かであろうがいずれにしても省エネが出来た。
3時間ほど経ったら、水温は67℃に上昇した!良いぞ〜。お玉一杯ほどの廃油量である。
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| 廃油を追加し3時間が経過した燃焼状況 トップ写真より少し炎が低いが安定している。 |
5)冷えた廃油を足した。
炎が小さくなった。何故?
- オイルが冷たく、気化が弱い
- 細管の下部がオイル面に接していて空気の上昇現象が遮断されている?
- 3時間が経過したが、安定した燃焼である。
6)カンテラは芯が銅筒で3cmくらい包まれている。
・そのような形をアルミ缶詰の板で作ってみたが、継続した燃焼にならない。灯油だったらいいのだろうか?
・アルミの筒の部分を燃焼すると燃え始めるが加熱を止めるとまた消えていく。
ある身の回りに導線を巻き、芯内に銅線を4本埋め込んで熱を伝え気化しようと試みたが、駄目だった。
・筒を短くした上項の3)、4)は筒が短く巧く燃えているので、筒を短くして下方の芯を長くしてみたがやはり燃えない。
・芯材には上記の要因に関係ない。麻、木綿縄でも結果が同じく、有意差はなかった。
開発
- 芯管はある程度長い方が良いかもー管が熱くなりオイル粘性が小さくなり気化しやすくなりよく燃えるであろう==>6)項の実験で失敗!
- 今の実験器は、3cm深さの缶詰の缶で、芯管の長さもその程度である。
- コンロの構造は、浅くしなければならないようである。これはオイルの種類によって違ってくることは容易に考えられる。灯油などだったら深くても良いかも[6)項参照]
- 長時間燃やせるような大きなタンクが必要だろうか。一度のヤカンのお湯が沸く程度で良いかもしれない。
- 熱効率を上げるために、ヤカンの底に傘を付けたらいいかも知れない。また、
- 風よけにもなるであろうから必要な部位である。
- 石油ストーブの芯材は何か。グラスウール?
- 一機に大きな炎になると煤が出る。
- 炎の大きさは、芯材、芯の太さなどに影響されるであろう。研究課題〜
2011年3月18日金曜日
東北関東大震災>安否
若林区の早川さん達無事だった!
先ほどメールが入った。一安心である〜。明成高校の石丸先生も。
Subject: Re: 地震
Date: 2011年3月18日 22:53:42:JST
To: 志波
志波靖麿様
早速のお見舞いありがとうございました。やっとメールが出来るようになりました。それにしても大津波の恐ろしさは、凄いというほかありません。当会の仙台湾内の50の調査対象海岸の砂浜は、すべて消滅してしまいました。復旧するのは、いつのことになるか?想像がつきません。今まで収集したサンプル砂は、貴重な財産になると思います。
私事:自宅の家具や家電は吹っ飛び、食器や本類が散乱、足の踏み場がない状態でした。幸い家族(夫婦・子供2人)全員怪我もなく無事でした。13日に電気・水道が復旧し自宅で生活しております。今は後片づけに汗を流しています。物資不足でサバイバル生活ですが、これも貴重な経験と楽しむようにしています。とりあえず御礼と近況報告まで。
東北関東大地震
計画停電で俄の行灯
停電のためにロウソクは準備していたが、巧く燃え上がらず灯りが弱くなった。ロウソクは琴ヶ浜に漂着していた太いロウソクである。漁船が使っていたものであろう〜。
![]() |
| 琴ヶ浜で拾っていた3cm直径ほどのロウソク |
竹下ブリキ店で、油は菜種油ということを聞いていたので、使い終えたサラダオイルを使って見ることにした。芯は木綿のタオル。化繊は駄目であるということは実験で知っていた。
油皿は、広島の友達から1月に贈ってもらっていた牡蠣の蠣殻である。石見銀山の間歩で初期のころ使っていたのはサザエ殻であるという。その縁に、アルミの針金で芯を固定して灯した。箸の材料(杉材)を使い、適当な太さ、長さに切り小さな木ネジで簡単に止め、糊を木に塗り四角く障子紙で囲う構造として俄に作った。
ランプ皿は直径35cm、深さ3cmほどの水鉢にセットしそれに四角柱の行灯を乗せ、火を囲った。
![]() |
| 左:缶詰缶 左:蠣殻 芯はアルミ線で綿布を固定した 油が無くなるまで燃やしていないので 最後の芯がどのように燃え尽きるか〜 |
ロウソクよりも火も高く明るく、使える。琴ヶ浜で体験した行灯を俄に作った。作り終え、さ〜点灯という時に、通電した。それでも電気を消して灯してみた。良い雰囲気である。
![]() |
| 障子紙で囲った四角筒の行灯 写真では暗そうですが、結構良いです〜 |
2)行灯をつくる新しい研究課題が出来た
安全なカンテラ
オイルタンクのサイズ、容量
芯の誘導法:金属筒、陶器(セラミックス)ーーーアルコールランプを参照
パイプにしているとオイルが無くなっても炭化は進行しない?
芯のサイズ
芯の材質
グラスウール
藁、葦など(広島の友人の使用材)天然物
木綿布
竹や竹炭など
和ロウソクの芯は何
転倒しても燃え上がらないカンテラ構造
転倒したら火を消す方法
オイルの種類
価格
熱量
輝度/ml
灯油
サラダ油
オリーブ油
燃焼匂い
アロマを混合したらどんな香りがするだろうか?
行灯の囲い
障子紙
薄い白布
形状
火元と囲いの安全な距離と明るさの関係
行灯の構造
円筒
角(四角、六角〜)
不定形
提灯?
3)廃油の利用
いままで天ぷら油は、堅め剤で固めゴミとして捨ていている。しかし、今回の経験で巧く使えば、
- 玄関先の街灯や庭の灯籠灯りに使えるかも知れない。
- 暖房油に使えないか。
そのためには、第一に安全なカンテラの研究である。
砂嚢の砂の形は?
砂の研究
-砂嚢への好奇心-
6月10日ビーバーどの焼き鳥屋さんから紹介してもらった鶏肉の処理会社へ行ってきた。前日に電話して、15日に良いですということでミュージアムの車で出かける。電話で道を聞いていたが、間違えて三瓶の方へ行ってしまった。田舎であり、民家も少なく、訪ねることもできず、電話もないのでこんなときは都会と違って不便である。しかし、田舎でありちょっと訪ねるとその場所はすぐにわかった。これがまた田舎の良いところである。一軒の道路沿いの民家に飛び込んだ。丁度、お茶飲み話しをしていた老人がおられて、最初はわからなかったが、「あ、それならもう少し下って最初の橋を左に入って行けば一本道で、2キロくらい行ったところですわ。ちょうどこの山の裏あたりですが」私は行き過ぎたことがわかった。その橋はすぐにわかって、一本の幟が立っていて、目的の工場もすぐに見つかった。山の中の小さな工場であった。
工場のスペースに車を入れた。事務所は、工場の向かい側にあり、錆びた鉄の外階段を上がった所である。車を停める音で事務所の窓が少し動いた。
「お邪魔します」二階の事務所のドアを開けた。「ハイ、、、どうぞ」30歳後半だろう事務員の方が一人事務を執っておられた。「ミュージアムから来たんですが、、、」「ハイ、部長から聞いております。どうぞ。今日の鳥は、平鳥ではないのでどうだろうか?」私が気にしていたことであった。平鳥とは路地で飼われている鶏のことである。この鳥だったら、砂嚢には砂が入っていないだろうと想っていたのである。きっと、あの焼き鳥屋さんが先日電話されたときに話題になって、「地鳥と平鳥では胃袋の中がちがうだろうな、、、?」「わしらも気に留めていなかったが、何でこんなところまでしらべられるんだろう、、、」なんて話しが持ち上がっていたのであろうと、その事務員の方のその話しから伺えた。工場長に話しがついていますので工場へ行ってください。「あの、これほんの少しですが皆さんで召し上がってください。」「や、すみません、ありがとうございます」
「工場?」車を停めたところがそうだとは思ったのだが、人がいるような気配はまったくなかったが、それでも機械があり、使った様子は窺えた。入り口とは思えないような引き戸の扉を開けてはいると、7人ほどの人が向かいあって二列で肉を処理されていた。「あの、、、」「はい、どうぞ」「お忙しいところ申し訳ありません」「用意していますので」と30歳くらいの若い工場長が仕事を中断してきた。私の姿をみて、「ちょっと待ってください」といって、白い長靴を持ってきてくれた。長靴に履き替えて作業場に入った。作業場の一番奥の所へ案内してくれた。皆さんが一斉に会釈してくださり、私も遅れずに挨拶した。室内は鶏の肉の匂いが漂っていた。あまり見たことの内、赤い肉で、「あ、これがさんべの鳥なのか、、?」と、左手にその盛られていく肉を見た。 そこには、洗面器いっぱいの砂嚢が用意されていた。工場長はすぐに砂嚢の切り方を見せてくれた。「これは地鳥ではないから、牡蠣がらばっかりだよ」その通り、蛎殻が入っているのが見られた。切られた砂嚢の中が、黄色になっていたのには驚いた。これは餌に栄養剤などが入れられているのだろうかと想像した。
一人の50歳くらいの奥さんが、白いゴムのエプロンを私に掛けてくださった。「軍手もどうぞ。」真新しい軍手が用意されていた。「けがするといけませんからね」「そうですね。ありがとうございます」わたしは肉が滑るからかとおもった。数人の人が、左手に軍手をしていた。
すぐに、処理に取りかかった。包丁は相当に使いこなされているようで、刃先はもう柄のところまできているようなものであった。しかし、良く切れた。やはり事務員の方が言われていた通り、そしてわたしが想像していた通り、胃袋からは砂らしきものは見えなかった。切りながら、どんな形状になっているだろうか。丸くなっているだろう?丸くなっているというのは、全部ではなく、丸いものも角張ったものもあるだろう。だって、いま食べたとき、この運命になったものもあるはずである。そうなると、もまれていないはずで、砂や牡蠣がらは角張っている。そうか、そうなると、想像していた粒子の丸さというのは、どれくらいまでになっているのだろうかと、考えていた。よく見ると、餌がたくさん入った砂嚢、少ししかないもの、いろいろであった。地鶏のものも調べてみたいとも思う。
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| 切り開いた砂嚢の内部 |
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| 砂嚢の中から得られた砂 |
切ったのは全部で43個あった。これでどれだけの物が取れるのだろうかと楽しみであった。途中、デジカメと普通の写真を数枚撮った。ひらり手の軍手は、鳥の脂で黄色くべた付いていた。切ったものを水洗いした。洗面器の中で何度かデカンテーションした。黄色いものは、トウモロコシの餌でもあった。しかし、砂嚢の表面は黄色みを帯びていた。軽いものがどんどん流れていった。そこではやはり砂らしきものは見えなかった。片手の手のひらに納まるくらいの砂、貝がとれた。
工場長がビニール袋を出してくださった。一時間も掛からずに私の仕事は終わった。プラスチックスのまな板や包丁、片一方の軍手を洗って、お礼を言って作業場をでた。事務所に上がり、挨拶をする。「とれましたか」「え、貝が多いようです」「そうでしょう、、、今度地とりが入るのは何時かな、、、」カレンダーを見ながら、地鶏だったら砂が入っているだろうことを気にしてくださった。「今月はもうないですね」「、、、ありがとうございます、、、今月は私もいませんので、またのときにお願いします。安田部長さんによろしくお伝えください。ありがとうございました」鉄の階段を、トントンと響かせながら降りていった。会社の周りの写真を数枚撮った。有限会社内外食品。
途中、山道の地名の入った看板を記念に写真に収めた。牛尻とあった。
帰って、ルーペでよく見てみた。大半が、白濁色の2-5ミリ程度の物であった。透明感のあるいわゆる珪砂は全くといってよいほど入っていなかった。それでも注意してみると、1ミリ程度の珪砂が入っていた。それは角張っている。「?珪砂は硬すぎるのだろうか、、、それとも他が多いから珪砂は表面の摩耗がされないのだろうか、、、白色の物は、貝なのだろうか、それとも長石なのだろうか。長石なら、最初から餌の中に混ぜられているのだろうか、貝が摩耗しているが、それはカルシュームを取ることになる。、、、」「砂が入っているのと、このように貝が入っているのでは、消化力がちがうのではないだろうか。そうなると、鳥の成長も違ってくるだろう」と、餌の開発についての興味が湧いてくる。砂がたくさん入っているなら、同じ胃袋の動きでもそれだけ簡単に消化されるに違いない、、、粉砕機の構造を考えた発想である。それにしてもこの貝や石は、どう体内を動いていくのだろうかと想像した。
2000.6.18、志波
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